海の民(ケラム島)と子供のころの思い出

  2012年2月ボルネオ島コタキナバルに着いた。
 エアーアジアを利用しボルネオ島の南アジアでは最高峰のキナバル山(4095M)登山が目的だったのです。
飛行機から見るボルネオの海はコバルトブルーに輝いていた。
小笠原諸島の父島の海と同じ色をしている。
コタキナバルは最近ではTPOの舞台になったボルネオ島では最大の町です。
都会だよ!
でも、コタキナバルの町の海からは対岸に海上にせり出して海の上に住んでいる人々が見えるのです。
この人たちはなぜ?陸に住まないの?対岸にはうっそうとしげるジャングルがあるのに?
この人たちの生活を見たいと思ったのですが、私の第一の目的はキナルバ登山です。
対岸をタイガービールを飲みながら夕日が沈むコタキナバルで私は中国人に間違えられながらも、キナバルを夢見ていた。
海の民の知識が全く欠落してたしね


 キナバル山登山は靴のカガトがはがれるアクシデントで私の足はもう、ミジメ惨敗の足になってしまった(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
 ボルネオ島のサンダカンの町に逃避した私。
この町は小さな町なのでよれよれの私の足にはぴったりの大きさなのよ!(^^)!
でもここでも海に木の杭を打ち込んでその上に家を建てた集落が広がっている。
この人たちはなぜ?陸に住まないのか不思議だった。
ここの町はフィリピンに近くミンダナオ島にフェリーボートで往復できる。
足が自分の足になっていたら、ミンダナオ島に渡っていたかも
でも、ここの海はフィリピンのイスラム武装勢力(過激派)が出没する魔の海峡らいいけど?
現実にミンダナオ島では政府軍との激しい戦いが最近あったばかりです。
この人たちは小島が連なるスルー海から宗教上の理由や民族紛争の理由でこの地に住みついたのでしょう。
陸地でないからここのボルネオ島はマレーシアになるのですが海の上ならマレーシア人ではないし?納税義務もないかも?
サンダカンには2つの警察があって海の警察は大きくて人員も多いです。

コタキナバルから対岸に渡る海のタクシー


 大好きなサンダカンの町で私の足は自分の足に戻ってきたみたい。
欲張りな私はもう次のことを考えていた。
マレーシアのジョホール・バルに行こう。
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 すっかり、海の民を忘れた私はクワランプールで海に行きたくなったのです。
クワランプールから電車に乗って海に着き、ファーリーボートに乗ってケラム島に来てしまったわたし。
(ポートクラウンからケラム島に渡るフェリーボート)

海はボルネオの海とは違います。
コーヒー色のプランクトンがたっぷりの豊饒の海です。

ムツゴロウがわが物顔で、カニも負けずに大きな目を飛び出して
ケラムはカニの意味らしい

杭の上に集落があるのがわかるかしら?

ケラムに着いた私は自転車で集落を走り回った(レンタルサイクル)
集落の中央には神様が鎮座している。

 海の神様なのでしょうね
とても大切にここの神様はしたわれています。
人通りの多いところ(たぶん中心部だと思う)は杭もコンクリート杭で道もコンクリートだったが少し外れると板の道路になる。

ケラム島には自動車はない。
荷物は手押し車で運ぶ。


そして何よりケラムに来たらカニを食わなくっちゃ!
チリクラブよ!大変おいしくいただきました。


 カニを食いながらちょっとビールを飲んで私は人々の生活を眺めている。
旅人目線だけど感じるのは海とともに生きているということ。
生活は海がすべて、この人々に海が恵みを与えているのです。
魚を取り、カニを取り、貝を取り、海の上で結婚し、海の上で子供を育て、海の上の学校へ通い、海の上で恋をして、そして海の上で看取られて、海がすべての生活

 私は父の仕事(教師)の関係で転勤が多く、私は小学生のころ山奥の開拓地でランプ生活の経験がある(電気が来ていない)。
ここの民は山が生活のすべて、北海道の山奥の冬は吹雪とシバレル(方言でめちゃくちゃ寒いという意味)生活は厳しい。
食料も食べつくすと飢えの生活が待っている北の大地の冬は無常でやさしさのかけらもない
ネコヤナギが芽吹き、フキノトウが顔を出すと一気に雪解けが始まり、山菜の宝庫になる。
冬を耐えて春を待つ山の民
嵐に耐えてなぎを待つ海の民
その生活は過酷であることには違いがないのだろう。
私は感受性の豊かな小学校時代の開拓地の思い出が今も一番懐かしい
つらい生活だったのに不思議です。
今でも父とよく話す開拓地の思い出
灯油ランプのホヤ(ガラスの筒)みがきが小学生の小さな手の私の仕事だった。
その小さな明かりだけが長い冬の夜の家族のきずなを深めたのかも?
海の民の嵐は杭の上の家などひとたまりもないでしょう。
海は障害物がないから風は陸の何倍も威力がある
その嵐が過ぎるのをみんなで助け合って忍ぶのでしょう
小さな船で沖に出ている男達を案じて

南の海の民の 海から離れない生活が帰りのフェリーボートから何か切なくて、やさしくて・・・
旅人は子供のころの開拓地を思い出していたのです。
ランプの燈火はボーット明るく暗闇をほんのりと染めて切なくて、やさしくて・・・

 

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